「がん診療の羅針盤」 シリーズは、 2025年4月より新たに3人の先生方に参画いただき、 前回から7人の新体制でスタートしました。 引き続き、 がん診療専門医でない方でもちょっとしたヒントが得られるようなエッセンスをお届けしていきます。 第23回は虎の門病院の山口雄先生から「嘔気の評価」 です! ぜひご一読ください。
👨⚕️ 「吐き気はありませんか?」
👴 「特にありません」
👨⚕️ 「それでは、 このまま抗がん薬治療を続けましょう」
一見、 順調な治療経過のやりとりに見えます。 しかしこの会話の中に、 化学療法誘発性悪心嘔吐 (Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting : CINV) 評価の落とし穴が潜んでいます。
かつてCINVは、 抗がん薬治療において患者が最もつらいと感じる副作用の1つでした。 しかし、 制吐薬の進歩により、 それは過去のものになりつつあります。
私の実感でも、 NK1受容体拮抗薬の登場以降、 AC療法 (アドリアマイシン+ドキソルビシン) やシスプラチン使用時に嘔吐を訴える患者は大きく減少しました。 さらに近年は、 オランザピンの追加により 「吐き気を感じなかった」 と話す患者が確実に増えています。 "仕方ない副作用"とされていたCINVは、 今や十分にコントロール可能な症状になりつつあります。
しかし、 患者が嘔気や嘔吐を訴えないからといって、 問題がないとは限りません。 実際、 「吐き気はない」 と答えた患者の中にも、 食事量が減っている人は少なくありません。
最近報告された日本の第III相試験では、 カルボプラチンを含むレジメンにおいて、 3剤併用制吐療法 (アプレピタント+5-HT₃受容体拮抗薬+デキサメタゾン) にオランザピン5mgを追加した群で、 約89%の患者が 「嘔気なし」 と回答しました (プラセボ群は75%)。 一方で、 「食欲不振がなかった」 と答えた患者は42%にとどまりました¹⁾。
この結果は、 嘔気嘔吐の有無だけではCINVを十分に評価できないことを如実に示しています。
「吐き気はありませんか?」 と聞いて 「特にありません」 と返ってきても、 「なんとなく食べたくない」 「食事が進まない」 と感じている患者は少なくありません。 嘔気がなくても、 そうした症状は日常生活に影響を与え、 QOLを損なう可能性があります。
だからこそ、 「吐き気はありませんか?」 だけで終わらず、 「食欲はどうですか?」 「これまで通り食べられていますか?」 と聞くことで、 より正確なCINV評価につながります。
こうしたデータと臨床経験を踏まえると、 CINVコントロールの目標は 「嘔気なし」 から 「食欲不振なし」 へとシフトすべき時代に来ているのかもしれません。 たとえ嘔気の訴えがなくても、 「食事が進まない」 といった症状が見られる場合には、 積極的にCINV予防の強化を検討した方が良いでしょう。
¹⁾ J Clin Oncol. 2024 Aug 10;42(23):2780-2789.
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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